朝からショック2008年12月16日 10時11分35秒

最後のピーちゃん(平成20年12月15日)
昨日報告していた我が家の一人鳥(コザクラインコ)が今朝方、大往生していた。
昨日からその兆候はあったものの、まだもう少しは大丈夫と思っていたが、こんなになるとは夢想だにしていなかった。朝、起きて様子を見に行くと(別の部屋にいる)えさ箱の中に体を入れたままになっていた。餌を食べようとして心不全となったか)
本当に残念である。
思い起こせば最初の出会いは、横浜の親しくさせてもらっているご夫婦が、ご自宅で飼っていたものを見たときであった。ご自宅には、コザクラインコの夫婦とその子供たちがたくさんいて、実ににぎやかであったことを記憶している。そのうちの1羽を頂いたのである。1991年のことだ。その翌日に、横浜から春日井へ引越し(新幹線)した。
それから実に18年。人間なら青春の真っ只中というところだが、鳥の世界では、盛りをすでに超え、よぼよぼの爺さんといったところだ。ピーちゃんの兄弟たちは、既にこの世のものではなく、今やピーちゃんが最後の鳥となった。結婚はしなかったので、当然子供はいない。
思えば、われわれの人生に楽しみを与えてくれた。家の中を飛び回って、頭の上、手の上に乗って愛情を振りまいてくれた。それが、いつの頃からか、男たちにはピーちゃんは愛情を示さなくなった。正確には、私のおかあちゃん以外というべき。ピーちゃんが成鳥したからで、いつも身近にいて声をかけ、餌を与えていたおかあちゃんを、いつの間にか愛情の対象と考えたらしい。お母ちゃんが寄ると、ピーちゃんはすりすりするし、巣作りもはじめたりする。われわれには、手を出すと噛み付くことをする。敵と思い、追い払うのであろう。お陰で、このあたりから、我が家ではピーの世話をするのが、おかあちゃん一人になってしまった。
そして、十年以上も彼女の溺愛を受けて、育ってきた。
昨日は、われわれもおかしいと感じ、おかあちゃんが、夕方からずっと手の中で抱きしめていた。手のひらの中では、ずっと眠っていた。お陰でお母ちゃんはご飯も上手には食べられなかったようである。それほどまでにいとおしく、家族であったピーちゃんが逝ってしまった。涙が出て止まらない。命の尊さを感じざるを得ない。
我が家の人間の娘、息子からの哀悼の辞を紹介して、本日はこれまでとする。

娘より:そうか。長生きしたしチーも幸せだったよね(泣)
息子より:ピーちゃん大往生だったね。16年かな。羽を怪我したから、長生き出来たのかもしれないね。ピーちゃんは幸せだったのかな?今まで有難う、って伝えてください。バイバイピーちゃん。

またまた泣けてきた。